〜本当に伝えたかったもの〜

ブログ

やっと辿りつけた、本当に伝えたかったもの。

本当に取材したいもの

本当にしたいこと

正直この半年間、心を折られて悩んでいた。

何をお前はしたかったのだと。

本当に伝えたかったもの、ナゴルノ・カラバフ紛争や、わたしが伝えたかったブチャの人々の姿が、ジャーナリストを始めてから今まで、何も伝えられなかったからだ。

全力でやってもだめで、約束も果たせず、何もできず。

わたしのしてきたことは無価値で、必要がないのだと突きつけられたような気分だった。世界が終わったような気分だった。

日本に帰国してからも色々あった。

ナゴルノ・カラバフ難民の人たちの思いが伝えられなかっただけでなく。

一時期体調は崩し動けなかったわ、治ったと思ったらひどいモラハラをメンヘラに受けるわ。金がなさすぎて将来が不安だとか。

過去のトラウマに苛まれるとか、2年前に喧嘩別れしてしまった大切な友人に謝れなかったことをずっと引きずっているだとか、些細なこともたくさんあった。わかり合いたかった人に嫌われてしまうだとか。ありふれたことかもしれないけれど、わたしにとっては、悲しいことだった。

そのたびに、取材先で出会った人たちの姿が頭のなかを駆け巡り、彼らの素晴らしさ思い出し、ふんばらなければと思う反面、何もできなかった罪悪感や無力感、虚しさも噛み締めた。

でも、それだけじゃない。

いつも心配してくる友人や、支えてくれた人。お世話になった編集の人の、まだ一人かもしれないけど、わたしは心を動かされたという言葉。尊敬してる先輩の熱い言葉。ずっと憧れていた先輩とゆっくり話せたし。共通の痛みを持っている、どこかで互いを心配し合っている知り合いもできた。色々な凄い面白い写真家の人たちから、面白い話やためになる話も聞けた。

ブチャやアルメニアで、自分は彼らになにもできないと、いつも拳を握りしめて、歯痒く、罪悪感にも似たような感情を抱いていた。でも、彼女たちと共通する部分をもつある人に日本で出会い、わたしは、いまの自分だから伝えることができることを、伝えることができた。あの日、ありがとうという言葉を聞いて、いままでなにも出来なかったけど、今のわたしだから出来ることがあるんだと、少しだけ、自分がすべきことがわかった気がした。取材先で出会った、彼ら、彼女らに託され、また、彼ら、彼女らが託されてきたもの。そういったものを託された今だからこそできることがあると。

自分の無力さに失望し、勝手に人間だとか、社会だとか、世界だとか、自分自身だとか、才能だとか、運命だとかそういったものに絶望し、もう終わりだと思っていた。お前みたいな奴には何もできないと。

でも、世界は終わらなかったし、色々な人と出会い。

色々な話をし、色々なものを見た。

それで、回り回って遠回りして、やっと、

自分が本当に伝えたかったこと

やりたかったこと

すべきこと

取材したいもの

そういったものが、やっと見えてきた気がする。

だから、進むのだ。

才能がなくとも、何もいままでできてなかったとしても、

本当に伝えたかったものを伝えるために

本当に取材したかったものを取材するために

本当にしたかったことをするために

という自分の思いを表明するポエムを、ふと書きくなった、そんな真夜中。

やっと辿りつけた、本当に伝えたかったもの。

本当に取材したいもの

本当にしたいこと

正直この半年間、心を折られて悩んでいた。

何をお前はしたかったのだと。

本当に伝えたかったもの、ナゴルノ・カラバフ紛争や、わたしが伝えたかったブチャの人々の姿が、ジャーナリストを始めてから今まで、何も伝えられなかったからだ。

全力でやってもだめで、約束も果たせず、何もできず。

わたしのしてきたことは無価値で、必要がないのだと突きつけられたような気分だった。世界が終わったような気分だった。

日本に帰国してからも色々あった。

ナゴルノ・カラバフ難民の人たちの思いが伝えられなかっただけでなく。

一時期体調は崩し動けなかったわ、治ったと思ったらひどいモラハラをメンヘラに受けるわ。金がなさすぎて将来が不安だとか。

過去のトラウマに苛まれるとか、2年前に喧嘩別れしてしまった大切な友人に謝れなかったことをずっと引きずっているだとか、些細なこともたくさんあった。わかり合いたかった人に嫌われてしまうだとか。ありふれたことかもしれないけれど、わたしにとっては、悲しいことだった。

そのたびに、取材先で出会った人たちの姿が頭のなかを駆け巡り、彼らの素晴らしさ思い出し、ふんばらなければと思う反面、何もできなかった罪悪感や無力感、虚しさも噛み締めた。

でも、それだけじゃない。

いつも心配してくる友人や、支えてくれた人。お世話になった編集の人の、まだ一人かもしれないけど、わたしは心を動かされたという言葉。尊敬してる先輩の熱い言葉。ずっと憧れていた先輩とゆっくり話せたし。共通の痛みを持っている、どこかで互いを心配し合っている知り合いもできた。色々な凄い面白い写真家の人たちから、面白い話やためになる話も聞けた。

ブチャやアルメニアで、自分は彼らになにもできないと、いつも拳を握りしめて、歯痒く、罪悪感にも似たような感情を抱いていた。でも、彼女たちと共通する部分をもつある人に日本で出会い、わたしは、いまの自分だから伝えることができることを、伝えることができた。あの日、ありがとうという言葉を聞いて、いままでなにも出来なかったけど、今のわたしだから出来ることがあるんだと、少しだけ、自分がすべきことがわかった気がした。取材先で出会った、彼ら、彼女らに託され、また、彼ら、彼女らが託されてきたもの。そういったものを託された今だからこそできることがあると。

自分の無力さに失望し、勝手に人間だとか、社会だとか、世界だとか、自分自身だとか、才能だとか、運命だとかそういったものに絶望し、もう終わりだと思っていた。お前みたいな奴には何もできないと。

でも、世界は終わらなかったし、色々な人と出会い。

色々な話をし、色々なものを見た。

それで、回り回って遠回りして、やっと、

自分が本当に伝えたかったこと

やりたかったこと

すべきこと

取材したいもの

そういったものが、やっと見えてきた気がする。

だから、進むのだ。

才能がなくとも、何もいままでできてなかったとしても、

本当に伝えたかったものを伝えるために

本当に取材したかったものを取材するために

本当にしたかったことをするために

という自分の思いを表明するポエムを、ふと書きくなった、そんな真夜中。