刑務所かロシアのパスポートか? ロシア化進む、ドンバスの村から逃げ出してきた女性

ウクライナ Ukraine

アンナ(仮名、18)は2023年6月に、ロシアに占領されたルガンスクの村から、脱出してきたばかりだった。

2022年、アンナ(当時17)の住むルガンスクの村は、ロシア軍に簡単に占領された。ウクライナ軍の戦車が足りていなかったため、すぐに、ウクライナ軍が撤退していったからだ。それからの日々は悪夢だった。ロシア兵たちは、よく、民家の庭に缶や瓶を並べて、それを撃って笑っていた。ある日、ロシア兵は、村のカフェで、こどもたちにウクライナ兵を斬首する動画を見せつけて、楽しそうに笑っていた。あいつらの笑顔は、まさに、悪魔の微笑みだった。

一番恐ろしかったのは、家に銃を持ったロシア兵がチェックをしにくるときだった。17歳のアンナと高齢の祖母に、何かがあっても身を守る手段などなかった。ロシア占領下の村は地獄だったが、祖母を一人村に残していきたくないため、アンナは村に残った。祖母は何があっても村から避難したがらなかった、家を手放したくなかったからだ。アンナには両親がおらず、祖母だけが、たった一人の家族だった。そんな、たった一人の最愛の家族を、村に残していけるはずがない。

ロシア軍が村を占領してから、一年が経過し、村の人たちへのロシア化の圧力は強まっていった。占領下の村では、ロシアのパスポートを取らなければいけなくなった。ロシアのパスポートがなければ、仕事をして、お金を稼ぐことができなくなった。生活していくことが不可能になったのだ。それだけではなく、ロシアのパスポートを取得しなければ、ロシア兵からいちゃもんをつけられて、尋問や拷問を受ける可能性があり、男性であれば、徴兵されてしまう可能性もあった。最悪なことに、アンナのスマートフォンに、ロシアの悪口を書いた形跡があることを、ロシア兵に見つかってしまった。「刑務所に行くか、ロシアのパスポートを取得するか、どちらか選べ」そう、ロシア兵に脅迫をされた。彼女は18歳になり、成人したのを機に、占領下の村から脱出することを決意した。たった一人、祖母を残さなければいけない、苦渋の選択だった。

唯一の外への道、グリーンコリダー アンナ撮影

ルガンスクを脱出するための唯一の道、グリーンコリダー。わずか2キロの道だが、ロシア兵の検問が二つある、命懸けの危険な道。一度通り抜けるのに失敗したら、2度と挑戦することは許されない。検問ではロシア兵に、いかにロシアを愛しているかを語らなければいけない。占領地から避難しようとしている、ということを悟られたら終わりだ。外の友達や家族に会いに行くだけで、また戻ってくると、ロシア兵に伝えなければならない。インスタグラムもチェックされる。ウクライナ政府関係やメディアをフォローしていたら、1発でアウトだ。フリブニャ(ウクライナの通貨)も下着の下に隠さなければいけない。占領下のルガンスクでは禁止されているためだ。見つかれば捕まってしまう。彼女は、一刻も早くこの場を去ることができるように神に祈った。無事にロシアの検問を通り抜け、ウクライナの検問にたどり着いたとき、思わず彼女は涙を流し、ウクライナ兵にキスをした。

今、彼女は笑顔で暮らしているが、ロシアが力づくで占領した、ルガンスクの彼女の村を解放しない限り、アンナは、もう、たった一人の家族に会うことができない。「今、おばあちゃんはルガンスクに居る。大好きなおばあちゃん。生きている内に、また、会えるといいな。愛している、たった一人の家族だから」アンナは笑顔で、そう語っていた。