夫を殺され、家を破壊された ウクライナ ブチャ

ブチャ Bucha

夫を殺され、家を破壊された ウクライナ ブチャ 2022年8月

太陽から、身体中を焼き尽くすような日差しが降り注ぐ。炎天下の、“死の通り”沿いの敷地で、リュダ (67)は、白いバンダナを頭に巻き、庭作業をしていた。その敷地の真ん中は、緑の庭に囲まれているが、不自然に、茶色い、なにもないスペースが広がっていた。不自然に片付けられたスペースには、4ヶ月前、リュダと夫のヴァレーリィ(69)が幸せに暮らしていた家があったのだ。今現在、家のあったスペースは、灼熱の日差しに照らされ、白く光り輝く空白となっていた。

 

2022年3月4日、ロシア兵がブチャのリュダたちの家があるエリアを占拠した。しかし、リュダとヴァーレリィは地下に避難していたために、ロシア兵がやってきたのを知らなかったのだ。そんな状況下で、ヴァレーリィは携帯電話を使用するため地下室から外へ出た。直後、地下室の外から、銃声が鳴り響く。鳴り響く銃声の中、地下室に避難していたリュダにできることは、息を潜めることだけだった。その後も、地下室の外からたくさんの地面を轟かす轟音、なんらかの爆発音が鳴り響いた。しかし、ヴァレーリィは一向に帰ってこなかった。嫌な予感が、頭をよぎった。

しばらくすると、地下室のドアの前にロシア兵がやってきた。「誰が地下にいる?扉を開けなければ、手榴弾を投げるぞ!!」。そう、ドアの向こうから怒鳴りつけてきた。リュダは大人しく命令に従い、ドアを開けた。ドアの前には、アジア系で丸い顔をしているブリャート人(見た目はモンゴル系に近い、仏教徒)のロシア兵が居た。

「夫はどこに居ますか?外に出かけたきり、帰ってこないんです」リュダは、思わずロシア兵に尋ねた。質問の後、ロシア兵は一瞬口をつぐんだ。ロシア兵の不自然な沈黙、なによりも重い静寂が、辺り一面を包み込んだ。静寂の後、「地下室にいるんだ。いいな」。ロシア兵は、そう言い残すと、地下室を去っていた。夫はすでに死んでいるかもしれない、ロシア兵との短い会話から、リュダは、そう確信した。

数時間、地下室のなかで、静かな夜が来るのを待った。夜の帳が辺りを包み込むと、外から聞こえていた砲撃音も止んでいた。今しかない。リュダは、懐中電灯を片手に、地下室を後にした。外に出ると、庭のフェンスは無残にも破壊されていた。ロシア兵が敷地に入るとき破壊したのだろう。そして、敷地の真ん中、家の裏には、夫の死体が放置されていた。夫は冷たくなり、動かなかった。家の窓ガラスは割られていた。壊された窓から、家のなかが捜索され、汚されているのが判別できた。

こうして、民間人だった夫、ヴァーレリィの、69年の人生は幕を閉じた。愛する、共に生活してきた夫は、あっけなくこの世をさった。しかし、リュダの悲劇はまだ終わらなかった。

翌3月5日、ロシア軍の装甲車が、表の門を破壊して家へとやってきた。20人のロシア兵が彼女の家を占拠した。ロシア人、ベラルーシ人、ブリャート人の兵隊たちは、リュダの家で生活し始めた。それは、まさに悪夢だった。3月9日まで5日間、殺害された夫ヴァレーリィの死体は、家のなかで放置されていた。ロシア兵たちは、自らが殺したヴァレーリィの死体と4日間も生活をしていたのだ。狂気の沙汰ではない。

3月9日、夫が殺害されてから5日後、やっと夫のヴァレーリィを埋葬することができることになった。ヴァーレリィを埋葬するとき、一人の若いロシア人の兵隊が埋葬を手伝ってくれ、墓に、木の十字架を作ってくれた(埋葬を手伝ってくれたロシア人が仏教徒のブリャートでもなく、イスラム教徒のチェチェン人でもなく、キリスト教徒だと言う証だ)。

「あなたのご主人を殺害した人を、私は知らない。どうしようもなかったんだ」。若いロシア兵は、バツが悪そうな顔で、リュダにそう弁明をした。

3月10日、リュダは家を離れ、ブチャから避難した。4月にロシア軍が撤退し、リュダが家に戻ると、長年、夫と共に暮らしてきた家も破壊されて、瓦礫の山と化していた。ロシア兵は夫を殺しただけでなく、リュダの家を破壊し、すべてを、奪い去っていった。人生を賭けて建てた家も、長年連れ添った夫も、全てはあっけなく、理不尽に、消え去っていった。それが、戦争だった。

「私の夫を殺したのはあのブリャート人に違いないわ。ブリャート人は、ロシア兵のなかでも最も野蛮で愚かだった。ここの近所を見るに、ロシア兵は危険よ。私は年寄りのおばあさんだから悪くは扱われなかったけど、近所の人の子供や夫は、無残にも殺害された」。リュダは、太陽から降り注ぐ、焼き尽くすような日差しで、白く、輝く庭で、瞳に光のない表情で、そう語ってくれた。

2022年8月、わたしが彼女をインタビューした際には庭の真ん中にあったはずの家はおろか、その残骸である瓦礫の山も撤去され、敷地の真ん中には、もうなにも残っていない。しかし、彼女は強かった。家も、夫もいない敷地で、すでに家の瓦礫を片し、庭で、花や果物を一生懸命育てていた。

「大きなりんごが実ったわ」。庭のリンゴの木に実った、大きな赤いリンゴの木を見て、リュダは、そう口にしていた。