消滅した国、アルツァフの希望〜アナ 2023年11月

ある日のアルツァフの食卓〜 ステケナパルト出身の、ナゴルノ=カラバフ難民の人たちの昼食。食卓にはアルツァフのパンケーキや、ハーブがたくさん詰まった、アルツァフ料理、ゼンガロブハットが並ぶ アルツァフ共和国

アルツァフの希望〜アナ 2023年11月

 

 2023年、わたしは、2年ぶりにアルメニアに、ナゴルノ・カラバフ難民、アルツァフの人々を取材に訪れていた。

(下記、前回2年前の、ナゴルノナゴルノ・カラバフ難民取材の記事、下の記事から読むとわかりやすいです。そして、2年後、彼女たちの祖国、アルツァフ共和国が滅びた後が、今回の記事になります)

 アルメニア、首都エレバン。赤色の石造の街並みは薔薇のように美しく、人々はエレバンを、ローズシティと呼ぶ。

 そんなローズシティの街角ベンチで、わたしは、あの少女と出会った。アルツァフの残した希望とも言える、あの少女、アナ(18)と出会ったのだ。

 「わたしは悲しまないと決めた。前へ進むと」

 力強い瞳で語る少女の姿を見たとき、わたしは人間の力強さと、アルツァフ共和国と、アルメニアの未来、世界の未来を感じずにはいられなかった。

2022年から、アゼルバイジャン軍は、アルメニアとアルツァフ共和国を繋ぐ唯一の回廊、ラチン回廊を封鎖した。半年以上のラチン回廊の封鎖により、アルツァフ共和国の人々は、食料、物資、ガソリン、医薬品の不足で苦しみ、疲れ果てていた。2023年9月、そんな、半年以上封鎖されていた、アルツァフ共和国の首都ステパナケルトに、アナの妹とお母さんもいた。そう、あのアルツァフが滅びた日も、アナの妹とお母さんは、アルツァフ共和国にいたのだ。

 そして彼女自身、2020年、ナゴルノ・カラバフ紛争で、アルツァフ共和国から、アルメニアの首都エレバンに避難した少女だった。彼女は、2年前、2021年にわたしが取材した、第二次ナゴルノ・カラバフ紛争により、故郷を追われ人たちと同じ境遇の少女だった。

 2020年、第二次ナゴルノ・カラバフ紛争が始まるまで、彼女の悩みは、些細なことでお母さんと口喧嘩することだった。

 「2020年、戦争が始まったときも、別に怖くはなかった。ナゴルノ・カラバフにいる以上、いつかはこうなると、どこかで覚悟していた」。彼女は、あっけらかんとそう語っていた。

2020年、第二次ナゴルノ・カラバフ紛争が始まって二日目、彼女は、お母さんと妹とともにアルメニアの首都エレバンへ避難した。

「エレバンで高校に行き始めて大変だった。友達がいなくなったから。ひとりぼっち、寂しくはないけど、変な感じだった。44日間戦争(第二次ナゴルノ・カラバフ紛争)が終わって、家族はナゴルノ・カラバフに帰ったけど、安全のために、わたしをひとりエレバンに残したの。はじめは、鬱陶しいお母さんがいなくなって嬉しかった。けど、すぐに寂しくなった。料理や電気代の支払いが大変で、家族のありがたみが身に沁みた。ナゴルノ・カラバフの、アルツァフ共和国の首都、ステパナケルトの高校を卒業するはずだった。ステパナケルトの高校の、豪華な卒業セレモニーに出るのが楽しみだったから、エレバンの高校の卒業式には出なかった」。

2022年12月

彼女は、家族に会うためにエレバンから、ナゴルノ・カラバフ、ステパナケルトに里帰りしようとしていた。その1週間前に、アゼルバイジャン軍によるラチン回廊封鎖が始まった。はじめは、2〜3日で封鎖は解除されるだろうと思っていたが、封鎖は解除されなかった。アルツァフ共和国が滅びるまで、アルツァフ共和国の人々が疲れ果て、アゼルバイジャン軍が侵攻を開始するまで。

ラチン回廊が封鎖され、3か月過ぎた頃から、本格的に恐怖を感じ始めた。この封鎖は終わるのだろうか? ステパナケルトは、妹とお母さんはどうなるのだろうか? 

「8歳の妹は、チョコなど甘いものが大好きだったけど、スーパーで買うことができなくなった。チョコだけでなく、ラチン回廊封鎖により、ステパナケルトのスーパーには、なにも物がない状態だった。ステパナケルトでは、電気もガスも安定して供給されているわけではなかった。わたしはエレバンにいて、食事も電気もある。わたしのせいじゃないとわかっていても、罪悪感を覚えた。電話で妹に、今日はなにを食べたの? と聞かれると、気まずくて、なにも答えることができなかった。ラチン回廊が封鎖された九ヶ月間、精神的に大変だった。わたしにできることは家族を心配することだけで…でも、助けることができない。家族には勉強に集中しろって言われていたけど、できるわけがない」

 そして、2023年9月、9ヶ月のラチン回廊封鎖でアルツァフ共和国が弱り切ったのを機に、ウクライナ侵攻で、平和維持軍のロシア軍が弱ったのを機に、アゼルバイジャン軍による、アルツァフ共和国への侵攻、ナゴルノ・カラバフ紛争が再開された。

そのとき、彼女は友達から、ステパナケルトの学校が攻撃を受けたと聞いた。

「どこの学校かはわからない。でも、妹が学校に行っている時間だったから、妹が心配でたまらなかった。妹は大丈夫だろうか? もし、なにかが妹の身にあったとしたら…そう思うと、不安で仕方がなかった」

電波が悪く、家族には電話が繋がらなかった。不安は、増すばかりだった。彼女は、妹が、家族が心配で、はじめて人前で涙を流した。その攻撃が、N H Kにより、自称アルメニア系組織への、アゼルバイジャン軍による対テロ作戦と、日本で報道された、アゼルバイジャン軍による攻撃だったのだ。

彼女は寝ずに家族からの電話を待った。そして、連絡がつながるとまず、「妹は大丈夫?」と母に尋ねた。

「妹は大丈夫だけど、怖がっている」と母は答えた。妹は、恐怖のあまり泣いていた。

「わたしはもう大人だから大丈夫だけど、妹は、まだ9歳になったばかり、妹にとってはあまりにも過酷な状況だったの」

その後、2日でアルツァフ共和国軍のバックにいる、アルメニア軍がアゼルバイジャン軍に全面降伏。2日で、アルツァフ共和国は実質消滅した。

「2日ですべてを失った。ステパナケルトが恋しい、すべてがあそこにあった。ステパナケルトの家で、友達とおしゃべりをしたり、お茶をしたりするのが楽しかった。いまは正直混乱している。なにがいいのか、なにが悪いのかわからない。普通は、人が住む場所を変えるとき、自分の意思で決める。だけど、わたしたちは、仕方がなかった。どうしようもなかった。ステパナケルトの学校の近くの公園が、綺麗でお気に入りの場所だった。いつも、行く場所がないとき、友達とあの公園に行って、たあいもない時間を過ごした。いま、エレバンにそういう場所はない」。

「家族がエレバンに到着したら安心できると思っていたけど、そうじゃなかった。家族は疲れ切っていた。再会した妹を散歩に誘った。妹はラチン回廊封鎖で、胃が弱っていて、食事を食べられないかもしれないと心配だった。“なにか食べる? なんでも買ってあげるよ”と妹に言うのが精一杯だった。家も、仕事も失い、家族はなにをしていいのか、途方に暮れていた」。

「この2年、ずっと家族が恋しかった。いや、小さな頃からお母さんが恋しかった。お父さんが、わたしが小さな頃に亡くなってから、母はずっと働かなければいけなかった。だから、忙しくて、わたしは、寂しかった。だから、お母さんと妹がエレバンに来て、一緒にいられると思うと、正直、少し嬉しかった。けど、お母さんはなにをして良いのかわからず、途方に暮れていた。すべてを失い、絶望していた。だから、“ここにいないほうがいいよ、遠いところで、すべてを忘れて新しく、やり直したほうがいいよ”わたしは、そう、お母さんに言った。本当は、お母さんと一緒にいたかったけど、でも、お母さんは、アルメニアじゃない新天地でやり直したほうがいいと思った」。

 彼女のお母さんと妹は、1ヶ月ほどエレバンにいた。しかし、移住の準備で忙しく、あまり、彼女と一緒に過ごす時間はなかった。1ヶ月と言う時間は、風のように、一瞬で過ぎ去っていった。

最終日、数時間だけ、彼女とお母さんは、二人きりで過ごした。そして、お母さんと妹は、ロシアへと旅立っていった。

 「なんで家族がロシアを選んだか、わたしにはわからない。わたしはロシア政府が好きじゃないら。カラバフにいるときから、ロシア軍になにも期待していなかったし、実際、平和維持軍として駐留しているロシア軍は、なにもしてくれなかった。でも、家族は問題なく暮らしている。住む場所もある。ナゴルノ・カラバフの難民には住む場所がない人もたくさんいる。住む場所があるだけ、幸運よ。たしかにわたしは、また一人になって寂しいけれど。問題ないわ」。

彼女は現在、大学で日本語の勉強をしている。そして、2023年の取材では、主に英語でだが、一部取材の通訳も手伝ってくれた。一般的に、日本語が好きな学生は、アニメやアジア人が好きで、日本や日本人を美化し過ぎている傾向にあるが、彼女は違った。

彼女は日本の純文学が好きだ。なぜなら、自殺や鬱など、日本の社会問題に興味があるからだ。美化するだけでなく、日本の問題点も含めて、日本の文化を学ぼうとしている。

「完璧な場所なんてこの世界にないから」と彼女は答えていた。彼女は、わずか18歳にして、かなり達観した考え方を持っていた。彼女の日本語の先生は、彼女は2022年のラチン回廊封鎖が始まってから、より勉強に力を入れるようになったと語っていた。多分、ナゴルノ・カラバフの件で、だれも助けてくれない現実を知ったから、自分で生き抜いていかなければいけないと考えているからだろうと、彼女の先生は語っていた。

「アゼルバイジャンをどう思う?」

「どうしても怒りを抑えられないことがある。でも、人種で差別したくないし、人を嫌いたくない。だから、怒りを抑えられるよう、感情をコントロールするように努めているの。でも、なんで家を奪ったの? なんで故郷を奪ったの? ってどうしても怒りが湧いてきて、感情を抑えられないときがある。でも、憎むかはわたし次第、どうしても感情をコントロールできないときがあるけど、冷静でいたい」。

「これからの人生、たくさんのことがある。いいことだけじゃなく、悪いこともたくさんある。でも、幸せに生きるも、悲しむも自分次第、だから、わたしは悲しまないと決めたの。前へ進む。だから、勉強をするの」

そう言って、彼女は、ニコッと微笑んだ。それは、なによりも素敵な笑顔で、アルツァフ共和国が育んだ、この世界の未来だった。

他、アルツァフ共和国のエピソードリンク