「まずは、自分のしてきたことの重さをきちんと認識し、お父さんに対して、そして私たちに対して心からの謝罪をしてほしいです。
お父さんが亡くなった日、私は現場にいました。
あの時の苦しそうな表情、もう生きていないと一瞬でわかる体の冷たさや硬さは、今でも頭から離れません。死の直前までどれだけ辛かったか、その表情がすべてを物語っていました」–妹の言葉
わたしは機能不全家族で生まれた。父もそうだ、そして最終的に父は首を吊って亡くなった。そして、それが原因でわたしは弟と喧嘩別れし、妹とは会わなくなった。後に父が建てた黄色い家は売られた、と噂で聞いた。わたしは家族と帰る家を失った。そのことは、わたしが取材活動を始めたことに大きく関係しているのだと思う。
あの取材の日々、一体わたしはなにを求めていたのだろう。
-声なき声-

