3月27日発売の週刊読書人に、拙著、『声なき声』の書評が載りました。
苦難と理不尽、そして「光」
自分の弱点を的確に指摘してくれた書評だったけれど、「熱」や「光」を感じてもらえて嬉しいです!!
”.本書を読み終えてしばらく、私の頭の中に熱のようなものが残った。それを引き起こしたのは本書の内容か、はたまた取材対象へ向けた著者の熱い思いか。いや、両方かもしれない。”
この書評を書いてくださった、金井啓子さんは、近畿大学のジャーナリズムの教授の方で、元記者の方のようだ。書評の時点で、文章が美しい。それになにより、金井さんの懐の広さに、わたしは救われたところがある。
わたしは、ジャーナリストにもジャーナリズムにも正直失望していた。ある年配のジャーナリストは、新聞などのメディアに載る以外はジャーナリストでもなんでもい、SNSをしたり、クラファンで寄付を募ったり、写真展をして芸術家をきどるジャーナリストもどきが増えた。と偉そうに語り、あげく、どこを取材したか上から聞かれたので、ナゴルノ=カラバフ難民を取材したと2022年に答えたら、10年も前のジョージアの難民なんかを取材したのかとマウントを取られた。ジョージアは関係ないし、2年前に戦争が起き帰れなくなった難民がたくさんいる。しかも、翌23年にナゴルノ=カラバフ難民たちの故郷アルツァフ共和国は滅びた。彼は知らないだけでなく、ただ若い自分に上からマウントを取ってきた、ださい年配の男だった。
さぞすごい取材をしたのだろうと説明会を見に行ったら、現地のボランティアを撮影しているだけで、現地の人と心を通わせてる様子もなく、私からみても、レベルの低すぎる取材だった。そんな、上から目線の嫌味たらしいジャーナリスト、がこの業界にはたくさんいる(そうでない素晴らしい人がわずかながらいるのも事実だが)。そんなジャーナリストたちが語る狭い意味での、ださいジャーナリズムに心底失望していたのだ。だから、本をだしたのを機に、フォトジャーナリストを名乗るのを辞めようと真剣に考えていた。
しかし、もと記者である金井さんは、こう書いてくれた。
” 私が記者として働いていた際は、自分の感情を排して取材や記事執筆に臨むことを課していた。筆者と私が思うジャーナリズムは一致しないが、必ずしも一致しなくていいのだろう。むしろ一致しないからこそ、ジャーナリズムに広がりや深みが生じ、『声なき声』が外の世界に伝わりやすくなるのかも知れない。筆者の言葉はそのような考えを生じさせた”
書評のこの部分を読み、金井さんはなんて懐が広い人なんだろうと思うとともに、わたしは、救われていた。
自分自身もジャーナリズムという言葉に縛られ、こうでなければいけない、と視野の狭い考えになっていたことに気づき。なにより、自分の感情だけで書いた文章が、記者をしていた人に曲がりなりにも響いたのが、嬉しかった。
いろいろなジャーナリズムがあっていい、むしろ、あった方がいいことに気づかされた。
一番嬉しかった言葉はこれだ。
“かって沢木耕太郎の『深夜特急』がそうであったように、本書もまた、この作品に出会った現代の若者が、狭い世界から飛び出すきっかけなるのではないか。その可能性は小さくはないはずだ。”
この部分を読み、世界に失望していたころ、沢木耕太郎さんの『深夜特急』を読み世界を旅したいとわくわくしていた、あの日のことを思いだした。
沢木耕太郎が旅した、インドやタイ、香港に胸を馳せ、どこか遠くの世界に行きたいと思っていた20代の頃を思い出したのだ。そして旅をして、色々な人に出会った。
それら出会いは、わたしにとって宝物だ。
だから、『深夜特急』のように、『声なき声』が若者が狭い世界を出るきっかけになるのではないか。と書かれて、もう、めっちゃ嬉しい。
ただの戦争の本でなく、読んだ人になにかを意味を与える本にしたいと思っていたから、この言葉は本当に嬉しいんだ!!
杉原さんの感想文にも、”孤独な人を救済できるかもしれない”というようなことが書かれていた。
もしかしたら、そこに、『声なき声』を広めるヒントがあるかもしれないと、そう思った。
金井啓子さん、週間読書人様、本当にありがとうございました!!
