ナゴルノ=カラバフ難民取材 2023写真 アルメニア首都エレバン ナゴルノ・カラバフ 未承認国家アルツァフ共和国 2023年9月19日、アルツァフ共和国(ナゴルノ=カラバフの未承認国家)は、アゼルバイジャン軍に侵略され、わずか1日にして、アルメニア軍は降伏。アルツァフ共和国は滅びた。10万人以上のアルツァフの人々は、彼らのとっての国を、故郷を追われた。 同盟国ロシア軍に裏切られ、アルメニア軍に見捨てられ、アゼルバイジャン軍に全てを破壊された。
英雄ミカエルは戦死した。村や、故郷のアルツァフ(ナゴルノ=カラバフの未承認国家)仲間を守るため。ミカエルは目に障害があり、従軍する必要はなかったが、村や家族を守るため兵士に志願。負傷した同僚を助けようとして爆撃で命を落とした。ミカエルの妻は、故郷のアルツァフ共和国、愛する夫、家、以前の平穏な暮らし、全てを失った。
〜英雄の宝物〜 英雄ミカエルの4人の娘たち "お父さんが英雄なのは知ってる。わたしが英雄の娘だってことも。でも、仲間を助けようとせず、お父さんに、生きて帰ってきて欲しかった"とミカエルの9歳の娘は語っていた。ミカエルは子供たちを"わたしの宝物"と呼んでいた。ミカエルの娘四人は、無邪気で笑顔が素敵だった。
3歳の娘はわたしがカメラを向けると、いつも物陰に隠れて、しばらくすると満面の笑みで、物陰から出てきて、わたしがカメラを向けると隠れて、しばらくするとまたニコニコ笑ってでてくる。
愛する夫は1993年、第一次ナゴルノ=カラバフ紛争で戦死。45歳だった。 最愛の息子は2ヶ月前、村を守ろうとして戦死した。皮肉にも戦死した息子、ミカエルも45歳だった。
ある日のアルツァフの食卓〜 ステケナパルト出身の、ナゴルノ=カラバフ難民の人たちの昼食。食卓にはアルツァフのパンケーキや、ハーブがたくさん詰まった、アルツァフ料理、ゼンガロブハットが並ぶ
アゼルバイジャン軍に、アルツァフ外への唯一の道路ラチン回廊が封鎖された9ヶ月、アルツァフの人々は食糧不足や薬品不足に苦しんだ。多くの高齢者が亡くなり、妊婦は流産した。子どもたちは甘いものが食べられず泣いていた。彼女たちは、ラチン回廊封鎖中、近所の子供達に甘いお菓子を作ってあげた。
ラチン回廊封鎖で、数ヶ月甘いお菓子が食べられなかった少年。アルメニア本土から来た避難バスが、甘いワッフルを配ってくれ、数ヶ月ぶりに甘いものが食べられ大喜びした。
1歳半の少年の出身地、マルトゥーニ市では、負傷兵を救助しようと、バスで向かった市長と15人の民間人がアゼルの爆撃で亡くなった。少年の家は92年、2020年の紛争で爆撃に巻き込まれ、屋根や窓ガラス、家具など2度も破壊された。2回にわたって修理したが、アゼルの侵攻でアルツァフ共和国は消滅し、もう、帰ることはできない。
ハルツダン市 戦死した兵士の絵 2011年人口4万人だったハルツダン市に、現在、5千人のカラバフ難民がいる。以前は月3万ドラムも家賃で家を借りれたが、現在の家賃は月20万ドラムに跳ね上がっている。
アルメニア ハルツダン市の家に11人の親戚で集まってくらすカラバフ難民。アルツァフのチャルタル市の学校の副校長と教師だった夫妻は、この街で教職の仕事が見つけられずにいる。今は支援でなんとか生きているが、「仕事をしたい。支援に頼るこじきになりたくない。先生として仕事をして、お金を稼ぎたい」
2歳の少年マツナカとナゴルノ=カラバフ難民のお母さん
2歳の少年マツナカ。2020年、44日間戦争で戦死した叔父マツナカの栄光にちなんで名付けられた名前だ。
1週間ほど前から、エレバンの裁縫工場で働き始めた、ナゴルノ=カラバフ難民の人々
アルツァフ料理、ゼンガロブハットを作る、ナゴルノ=カラバフ難民の女性
アルツァフのサルシェン村で英語教師だった彼女は、エレバンで仕事が見つからないため、ゼンガロブハット屋を始めた。
アルツァフでは、軍で仕事をしていた彼女。お菓子を作って、人に喜んでもらうのが好きなため、現在パティシエを目指して勉強している。
女子大生のマリャムの兄は戦死した。ナゴルノ=カラバフ難民の彼女は愛する故郷と家も失った。しかし、それだけではない、彼女のフィアンセは、9月27日、カラバフからの避難の途中、65人が死亡し、105人が行方不明になった、燃料貯蔵施設の爆発で亡くなった。
2023年9月、アゼルバイジャン軍の停戦違反の攻撃により、弟が負傷し、障害を負ったナゴルノ=カラバフ難民の女性とその娘
「叔父はいつもジョークをいう明るい人。今だってお見舞いに行くと、ジョークを言って笑っている。とてもアクティブで働き者だった。なのに、今は歩くことができない。働くことができない。それが、とても辛いのよ」「アルツァフは一言では言い表せない、とても大切なもの。ただの地元より、もっと特別なもの。自然が美しいアルツァフでは、よく、いろいろな場所をハイキングした。だから、アルメニアもたくさん旅行がしたい。アルメニアという国を知るために」
聖書にも登場するアララト山が登場するアラクサバン村
アルツァフ チャリクタル村出身のカラバフ難民「アルツァフは私たちにとってただの国じゃない。世界の中心だった。私たちはアルツァフで生まれ、アルツァフで育った。でも、世界ではアルツァフは国だと認められていないから。全てを失ったのに、私たちは何者でもない!!存在しない人間なんだ!!」
アルツァフ バクハス村出身のカラバフ難民 「今も同じものを食べているけど、でも、全てが変わった。二つの家がアルツァフにはあったけど、ここには家はない。賃貸だけ」
ナゴルノ=カラバフ難民の相談を受ける、ナゴルノ=カラバフ難民支援の仕事をしている女性
ソーシャルワーカーの彼女は2020年44日間戦争で、最愛の夫を失った。 「前まで、夫と一緒に3人の子供を育ててきた、一緒に幸せな家庭を築いてきた。でも、今は一人。シングルマザーで、責任は増えて、稼ぎは減った。それに、もう夫はいない」
17人で一つの家に暮らすナゴルノ=カラバフ難民の親戚一同。英雄ミカエルの家族。
賑やかな英雄ミカエルの家族。故郷と最愛の家族を失っているが、家族仲が良く、お互い支え合っているため、厳しい環境でも笑いが絶えない、素敵な家族だ。
賑やかな英雄ミカエルの家族
英雄ミカエルの姉。彼女はナゴルノ=カラバフの村を脱出するとき、役所から銃と手榴弾を借りた。自殺するためだ。アゼル兵に捕まり、捕虜にされたら、何をされるかわからない。拷問や、拷問より酷いことをされるかもしれない、なら自死した方がマシだ。そのため、子供を守るためと、役所に言って銃と手榴弾を借りた。
アルメニア 南西部 2年前 ナゴルノ=カラバフ難民を取材したゴリスへ向かう
南西部、ゴリス近郊の村
村の子供たち
アルツァフ共和国、首都ステパナケルト出身のナゴルノ=カラバフ難民の子供たち
末っ子の6歳の男の子は毎晩「なんで、アルツァフに帰れないの?」と泣いている。上二人の子と違い、アゼルバイジャンに侵略され、戦争に負けて、故郷に戻れないことをまだ6歳で理解できていないからだ。おかしいのは理解できない彼なのか?世界の理不尽で故郷へ帰れないことなのか?
少女は絵を描くのとロシア語が大好きで、ロシア語をペラペラで話せる、小さい頃からロシア語のアニメを見てきたからだ。彼女のおばあちゃんはロシア人が大嫌いだ。ナゴルノ=カラバフの平和維持軍だったロシア軍は、アゼルバイジャンがアルツァフを侵略しても、民間施設を爆撃しても何もしなかったからだ。アルツァフの人が「助けてくれ」とロシア兵に頼んでも、ロシア兵は「何も出来ない」というだけだった。
「戦前のステパナケルトでの暮らしは、息子が軍で働いていたから、とても裕福だった。よく、エレバンとか、アルメニアの街に旅行に行った。完璧な生活だったわ。9ヶ月にも及ぶラチン回廊封鎖中、食料がなくて豚の餌を食べたわ。味をマシにするため、とうもろこしを豚のエサに混ぜた。それでも、吐きそうなほど不味かった」
双子を妊娠しているナゴルノ=カラバフ難民の女性。「ラチン回廊封鎖中、にんじんとか食料を見つけたらなんでも食べた。子供たちはいつも泣いていたわ。”なんで甘いものをくれないの?”と聞かれて、何も答えられず耐えられなかった。妊娠しているのに食べ物がなくて怖かった。生まれてくる子供も何も食べられないかもしれないと思うと、不安でたまらなかった」
最果ての村クハァナツァク 2年前、取材で訪れた時は、村人たちはアゼルバイジャン軍による家畜の強奪、威嚇射撃に苛まれていた。
クハァナツァクで暮らす、カラバフ難民の親子。2020年、44日間戦争後、アゼルバイジャンに故郷を占領され、この村へ避難後、家族の最愛のお父さんは脳卒中で亡くなった。3人の子供のうち、二人は病気で、気をうしなってしまうことがある。唯一の働き手の長男が、来年徴兵されてしまうため、来年以降の生活の目処が立っていない。末っ子の9歳の男の子は、学校の先生に欲しいものを聞かれると”銃”と答える子供だったが、お父さんが亡くなって以来、クリスマスにサンタさんに”お父さんに会いたい”と頼むようになった。
ハルタシェン村のナゴルノ=カラバフ難民の親子。少女には2年前にも取材であっている。元気そうでなんだか嬉しい。
インタビュー後にも、村の別の場所で偶然再開した親子。二人で楽しそうにブランコをしていた。
2年前のナゴルノ=カラバフ難民取材でもインタビューした親子。44日間戦争で最愛のお父さんを亡くしている。この2年で変わったことは、ベットが変わったことだけ。末っ子はいまだに戦争のトラウマで精神を病んでしまっている、とお母さんは語っていた。
ナゴルノ=カラバフ難民の少女
2年前もインタビューしたナゴルノ=カラバフ難民の少女。前よりも、すっきりした顔で笑っていた。将来の夢は二つ。一つ目は、アルツァフに帰ること。二つ目の夢は美容師になること。
2年前もインタビューしたナゴルノ=カラバフ難民の家族。2年前は賃貸で暮らしていたが、今は家を購入して、そこで暮らしていた。
2年前も写真を撮影した、ナゴルノ=カラバフ難民の少女。相変わらず、スマホを見てニコニコしていた。2年前は耳コピで私の英語を真似していた。将来の夢は美容師。
お姉ちゃんは村の学校で一番の優等生になっていた。「平和が欲しい。平和の中で学校で、平穏に勉強して大学に行きたい。卒業したらお医者さんになって、人を救いたいな」
お父さんは酪農業を営んでいる。自家製のチーズやハムを出してご馳走してくれた。とても美味しいチーズだった。彼らとの再会も相まって、より美味しく感じられた、至福な時間だった。
最高の笑顔
乗馬を披露してくれるお父さん
2年前と同じように、アルメニア料理を作ってくれた、ゴリスのおばちゃん
アルメニア マシス市
アルツァフ チャルタル市出身の女性 「学生の頃は、チャルタルの美しい文化センターで演劇クラブに所属していた。アヌシという、私たちが演じた劇は、大会で一位になった。クラスメイトもいて、クラブのメンバーでアルツァフのシャシュやエレバンに旅行にも行った。演劇クラブは私の思い出の場所で、青春だった。あの場所を残して避難しなければいけないのは、本当に辛かった。アルツァフは人生そのもので、天国。アルツァフを失うのは、人生の半分を失うのと同じよ。」
悪魔に愛された少女、ハスミック 少女の祖父は、アゼルバイジャン兵に”悪魔”と呼ばれ恐れられた、アルメニアの有名な兵士だった。アルメニア軍の人々からも、強く、規律が厳しい彼は、恐れられていた。彼は2歳のハスミックを”ジャプ”ロシア語でワンワンちゃんと呼び、溺愛していた。
5歳のハスミックは、亡くなった祖父が彼女を可愛がってくれたことを覚えている。「おじいちゃんは抱いてくれた」と、当時のことをよく口にしている。祖父の3周忌でお墓に行った際、「おじいちゃんは、家に来ないの?」と、ハスミックはお母さんに尋ねた。祖父が死んだと認識していないのだ。おじいちゃんは天にいると、お母さんはハスミックに伝えている。
アルメニアの新しい友達と遊ぶ、ナゴルノ=カラバフ難民の少女ハスミック
アゼルバイジャン人に死体にされた子供たち マルトゥーニ地域の村に住む子供たち。お母さんが、親戚のお見舞いでステパナケルトに行った際、アゼルバイジャン軍の侵攻が始まり、お母さんと連絡が取れなくなる。行方不明になった子供たちを探すため、お母さんはSNSに電話番号と子供たちの写真を投稿。すると、お前の子供だと、匿名のアゼルバイジャン人十数名から、関係ない人間の死体のグロテスクな写真が送られてきた。侵略を受けている、アルツァフの人に嫌がらせするため、アゼルバイジャン人により、母親に死体の画像を送りつけろと、ネットで子供たちの画像は拡散された。子供たちは無事生き延び、両親と再会。「今は新しい学校で、友達もできて楽しい。みんな暖かいよ」とあっけらかんと語っていた。
夫に、兄弟同然の従兄弟二人、母親を亡くしたナゴルノ=カラバフ難民の女性。最愛の家族を4人も亡くした。「夫はとても親切で、いつも友達や親戚を助けていた。みんな彼を尊敬していた。彼は若い頃に父親を亡くして、父親がいなかったから、子供たちにとっては、いい父になろうとしていたの」
7歳の少年は、優しいお父さんが亡くなったことが信じられず、「誕生日(12月8日)にお父さんが電話してくれると信じているんだ」と話していた。だから、お母さんは、お父さんは亡くなったお婆さんや、親戚と同じ場所に行ったと教えている。少年は、クリスマスツリーの姿を思い出すことができない。喪に服した年はクリスマスツリーを出すことができない。毎年親戚が死んでいるため、最後にクリスマスツリーを出して、お祝い事をした時が思い出せない。少年はアルツアァフで空手を習っていた。あと数日で、昇段の帯がもらえるという日に、アゼルバイジャン軍が攻めてきて、全てを失い、もう、空手の帯をもらうこともできない。
「今は何も見えない。今は何もしていない。アルツァフにいる頃、子供たちは毎朝8時から、スポーツとか色々アクティビティをして、勉強をして、夜の8時に家に帰った。でも、今は1日何もしていない。とても悲しい、人が死んだだけでなく、状況がとても悪いの。たくさんのものを無くした。子供たちの思い出は、10ヶ月の封鎖による飢えと、戦争と、親戚と父の戦死、こんなの子供の贈るべき生活じゃない」
「まだ働いていない。子供を精神科に連れて行かなければいけないし、小さな子供の世話もあり、働くことなんてできない。12月後半には、この親戚の家をでなければいけない。でも、いくあてなんてない。エレバンはたくさんのロシアからの移民とナゴルノ=カラバフ難民で家賃が高騰している。家賃を払うお金もない。人が死んだ、夫が死んだ、たくさんの人が死んだの。みんな、とても悲しいの。どう乗り越えたらいいのか、わからない。」彼女の悲痛な叫びは、誰も目を向けない、ナゴルノ=カラバフ難民の、戦争に全てを奪われた人の、悲痛な叫びだった。
それでも、彼女たちは生きていく 英雄ミカエルの妻
兄と婚約者を亡くした女子大生マリャム
それでも、歩き続ける 故郷や家族、家、全てを失っても、歩き続けなければいけない。
悪魔と呼ばれ、アゼルに恐れられた英雄である、祖父に愛された少女。
マシス市で新しくできた近所の友達と遊ぶ
英雄ミカエルの娘、9歳のノナ
9歳の誕生日にもらったウサギの耳は、大のお気に入りだ。
英雄ミカエルの3歳の娘、マネ
キャンディが大好きだ
戦争で大好きなお父さんを亡くしても、それでも少女は笑っていた
故郷を、生まれた国を失っても、ナゴルノ=カラバフ難民の少女は笑っていた。彼女たちのような人たちが、全てを失った。
未承認国家、アルツァフ共和国という故郷を失った人たち。 メディアは誰も彼らのことを報道しない、活動家も彼らの権利を叫ばない。日本人は誰も、彼らに関心を寄せない。
それでも、生きていく 歩き続ける
ナゴルノ=カラバフ難民取材2021 彼女たちナゴルノ=カラバフ難民は、ずっと暮らしていた故郷、国だと思っていた未承認国家アルツァフ共和国、生活、友人や家族との穏やかな日々、全てを2020年の44日間戦争で奪われた。もう、故郷のアルツァフ共和国は存在しないため、もう、帰ることができない。
アルメニア首都 エレバン ローズシティと称されるほどに美しい
ナゴルノ=カラバフ難民取材2021の舞台、東南部の街、ゴリス
ゴリスは独特な形をした奇岩が観光名所の町でもある。
ナゴルノ=カラバフへと、アルメニア本土から繋がるラチン回廊に近い町であるため、2020年の44日間戦争で故郷を引き渡された、多くのナゴルノ=カラバフからの難民がこの街に住んでいた。
「けど、、戦う覚悟はできている。もし村や平和が奪われるくらいなら私は戦う」 44日間戦争敗北により、故郷シラク村を失った少女。彼女の大好きだった学校の先生は、44日間戦争で命を落とした。
44日間戦争で命を落とした、”英雄”兵士たちの墓 ゴリス
44日間戦争、アゼルバイジャン軍のドローンにより一家の大黒柱のお父さんを殺害されたナゴルノ=カラバフ難民の家族。私が、初めて取材した、戦争で家族を亡くした人たちだった。
44日間戦争時、ナゴルノ=カラバフの軍事施設で兵士に調理をしていたお婆さんとその家族。ナゴルノ=カラバフ難民。「爆撃は雨のように降り注いだ。」
DSC06320
ナゴルノ=カラバフ難民の少女
ナゴルノ=カラバフ難民の少女
夫を44日間戦争で亡くした女性 ナゴルノ=カラバフ難民取材
お父さんを44日間戦争で亡くした少女たち ナゴルノ=カラバフ難民取材
11月16日 ゴリスのアルメニア人に婚約の写真を頼まれて、撮影している時、セブ湖で44日間戦争以来、最大のアルメニア軍とアゼルバイジャン軍、両軍による44日間戦争以来、最大の戦闘が発生、アルメニア兵15人が死亡した。
壮大な国境近くの道
アルメニア軍とアゼルバイジャン軍の前線。距離が近いため、石の投げ合いなどの小競り合いもあったようだ。
前線に囲まれたくはクハァナツァクムラ
村の人々は、アゼルバイジャン軍による家畜の強奪や威嚇射撃に苛まれていた。
アゼルバイジャン軍に占領された3キロ先のジゼルナバンク村から歩いて逃れてきた難民。クハァナツァク村でも牛を5頭、馬を数頭アゼルバイジャン軍に強奪された。ジゼルナバンク村の家は燃やしてきた。
威嚇射撃や家畜の強奪に、怯えていたナゴルノ=カラバフ難民の家族。村全体がアゼルバイジャン軍の射程範囲内にあり、子供を学校に通わすのも怖いと嘆いていた。長女は来年大学受験だが、緊張感高まる村は学校で物理の先生が不足しているのと、塾などがないため、大学受験においても子どもが不利になる。お母さんはカラバフで先生だったが、この村に仕事はなかった。しかし、家畜を世話する場所をつてのない土地で探すのは大変なため、危険のあるこの村から移動できない。家畜は彼らにとって財産代りの大事なものだ。
元アルツァフ(ナゴルノ=カラバフ未承認国家)のプロサッカー選手の女性。ゴリスで、ナゴルノ=カラバフ難民の子供たちが無料で通えるサッカーチーム”オーロラ”を運営していた。彼女がくれたオーロラのサッカーボールは生涯の宝物だ。
ナゴルノ=カラバフ難民の子供たちも多く通う、ハルタシェン村の学校
子供たちは笑顔で授業を受けていた。
「日本語を教えて」と言ってきて、一生懸命日本語を書こうとする子供たち。この子たちの中にも、ナゴルノ=カラバフ難民の子もいる。こんな純粋な子どもたちが、戦争で故郷を失ってしまったのだ。そして、カラバフ難民は立ち位置も難しいのもあり、報道されることはない。
「この娘たちは冬を越す靴がない」とお婆さんは嘆いていた
ウクライナ2023 一年ぶりに再開した、ウクライナの少年
22年ハンガリーへ避難していた少年 少年は落ち着いたキーウへと戻っていた。22年、爆撃の爆風で少年の家の窓は破壊された。
2023年 束の間の平穏 キーウ
取材も大事だが、1年ぶりの現地の方との再会ほど嬉しいことはない
2023年秋のユニセフテント。春と夏のユニセフテントは知っているが、秋のユニセフテントを見るのは初めてだ。2022年、毎日通い、熱心に取材したブチャのユニセフテント。当時のスタッフ、ガリーナも、リーザも、ボランティアのアナスタシアも、当時遊びに来ていた子もたちも誰もいなかった。
22年、ロシアの戦車に家を破壊され、父ミシャを狙撃されたキリオは,自分一人の手で、再び、ウクライナの地に家を作ろうとしていた。父ミシャのように
ロシア軍の戦車に破壊された家と、新しく作り始めた家
この1年間、ウクライナの人たちは進み続けていた
ホストメルの去年ボロボロに破壊されてた建物は、カフェになっていた
母をロシア兵に射殺されたアリャッグの家族。”私は冗談を言うのをやめないよ。母が亡くなっても憂鬱にならない。笑いだけがこの世界をよくできると知っているからね。” 一年ぶりの再会で、孫にも会えてよかった。
14ヶ月、ザポリージャの前線で戦っていた兵士。彼のいた部隊は三十人のうち、生き残ったのは、わずか三人だけ。生き残った司令官は片足を失った。戦争が始まるまで、彼はカルパチア山脈や自然、音楽が好きな青年だった。戦争が全てを変えてしまった。
2023年 一年前、ロシア軍が撤退し、完全に平穏になったハルキウ
イジューム 449体の遺体が埋葬されていた集団墓地
破壊されたイジューム
破壊されたイジューム
破壊されたイジューム
占領下のイジュームを生き残った男性 知識も経験もないが、占領下で、出産した女性の赤ちゃんを取り上げた
イジュームのオアシス コーヒーハウス 「あなたイジュームをどう思う?戦争前のイジュームはとても美しい場所だったの」とスタッフの女性は語る
爆撃で47人もの人が生き埋めになり、亡くなった建物
47人、それぞれに人生、名前があり、友達や家族がいたが、彼らの人生はここで幕を閉じた
破壊されたイジューム
不自然に美しいイジューム中心広場
イジュームの夕陽
「街の建物は破壊されたままなのに、中央広場は一番最初に修理された。新しい綺麗な噴水が作られた。なのに建物は破壊されたまま。私たちの復興のための支援が、みんな市長のためだけに使われていると考えている。みんな、市長が大嫌いなの」
イジュームの10歳の少年デービット。デービットの夢はトラックの運転手になること
デービットを初め、イジュームの子供達は3年間学校に行けていない。1年目はコロナ、2年目は戦争のため。3年目の現在、キーウ近郊の子供達は学校に通えているが、7割の学校が破壊されたイジュームの子供達は未だ学校に通えていない
破壊された学校 イジューム
イジューム
生き延びた子供たち。占領下、爆撃で危険ときは、外に出て火を使うこともできなかった。生後2ヶ月の赤ん坊のため、水のボトルを下着の中に入れて温めたぬるい水で離乳食を作り、赤ちゃんに食べさせた。そんな過酷な環境の中、子供たちは生き延びた
家が破壊され、幼稚園の地下シェルターで9ヶ月暮らした親子。幼稚園の先生であるお母さんは、ロシア兵が綺麗な幼稚園に住もうとするたびに、子供たちの身を守るため、幼稚園に棲みつかないように説得した勇敢な女性だった。
ロシア軍の司令官に結婚を命じられた女性。娘のカーチャは鬼滅の刃や、僕のヒーローアカデミアなど、日本のアニメが大好きな少女だ。占領下のイジュームで、当時わずか14歳の少女に、ロシア軍の司令官は結婚を命じた。祖母が一歩も引かず抗議してくれたため、助かった。彼女の話は夕刊フジに掲載されます。
刑務所にされた学校。占領下、ロシア軍がこの学校を刑務所が割りとして使用し、多くの人が拷問された。ロシア軍撤退前、証拠隠滅のためか爆撃で破壊された。
弟がロシア軍に拷問され、絞首刑で殺害された女性
人の脳みそを食べた猫。爆撃で彼女の隣人7人、内3人は子供(3歳、9歳、11歳)は死亡。翌朝、日が昇ると、肢体はバラバラになり、頭、体、髪の毛がそこらじゅうに飛び散っていた。彼女の猫は脳みそを食べていた。
拷問された男性。イジュームの元々学校だった刑務所で拷問を受け、クピャンスクに連行され解放された男性。ロシア兵は彼のことを”ジョーカー”と呼んだ
犯された家族。生まれつき障がいを持った男性を含め、彼の妹、母。家族は全員ロシア兵に犯された。
来るはずのない徴兵令状。障がいを持った男性に、ウクライナ軍から徴兵令状付が来た。普通、障がいを持った人へは来ることがないから、間違いなのかもしれない。しかし、彼が、ロシア兵に陵辱されたのは、この徴兵令状が見られたからなのかもしれない。
子供たちのボクシングクラブ。学校がない、イジュームの子供達にとって、クラブ活動だけが唯一、友達と遊べる時間だ。
イジュームボクシングクラブ
イジュームボクシングクラブ
運動を楽しむ少女。本来イジュームボクシングクラブは10歳以上の子しか、通うことができない。しかし、戦時中なため、子供達が体を動かしたり、友達と遊べるように小さな子も参加できるようになっている
イジュームの少女
イジュームの少女
傘を逆さにしてふざける、イジュームの少年
少年と祖父の散歩道
ピース
少年と祖父と不発弾。少年と祖父の散歩道のすぐ近くに埋まっている不発弾。イジュームの子供たちにとって、冬一番の楽しみは、森でソリに乗ったり、雪だるまを作ったりすることだ。しかし、不発弾や地雷で、森でいつ子供たちが雪遊びできるようになるかわからない、と少年の祖母は切なそうに言っていた。
イジュームの少年
キーウの朝日
冬は寒いため、ブチャのユニセフはテントから、屋内へ移動していた。一年ぶりのブチャのユニセフ
ブチャの子供達は相変わらず、笑顔で遊んでいた。
スマイル
戦禍のハロウィン。少年は大好きなサーカスへ訪れた。
ロシア軍の砲撃で家が破壊された、イルピンのマリーナ。教会の支援により、今年の夏、破壊された家があった敷地に仮設住宅を建てた。
イルピンの夕陽
マリウポリに残された両親が亡くなった女性。母は地雷で、父は拷問で。彼女の話は夕刊フジに掲載されました。
戦禍のバースデーパーティー。18歳になり、成人した女性。お誕生日おめでとうございます。
ロシア化が進むドンバスの村から、6月に避難してきた女性。彼女の話は夕刊フジに掲載されました。
マリウポリのアゾフスタリで最後まで戦い抜いた英雄
ホストメルで家が破壊されたキリオ。新しく作った家の屋根が完成した。冬までに屋根を作ると言っていたが、有言実行。さすが、キリ。キリオ家族の話は夕刊フジに掲載されます。
今年一年で工作したものを見せてくれたキリオの娘ゾイ。2022年のウクライナ取材中、彼女は英語を習い始めた。1年間英語を続けていて、少しだけ英語で話せて嬉しかった。
キリオたちの夢は、新しい家を完成させ、パーティーを開くこと。私も、その、新しい家のパーティーに参加し、写真を撮影して、ウオッカで祝杯をあげるのが夢だ。それまで、取材を続けなければならない。
2022年、ブチャの少女代表として、イギリス大使に英語でスピーチをしていた高校生のアナスタシア。偶然、再開した彼女はブチャの英語を学びたい高齢者に英語を教えるボランティアをしていた。
去年は安全なウクライナ中部に疎開していて、会うことができなかった、ガリーナの娘マリヤ(5)。歌とぬいぐるみが大好きな、笑顔いっぱいの女の子。ずっと会いたかったので、会えてよかった。
一年ぶりに再開した、2022年ユニセフテントで傷ついた子供たちの世話をしていたガリーナ。彼女はブチャ近郊の機能不全家族や貧困家庭を支援するプロジェクトのリーダーをしていた。この1年間、変わらず、人を助け続けていた彼女の姿を見て、私は、胸が熱くなった。
ロシア軍が数キロ先まで差し迫った、ミサイルが降り注ぐ街ハルキウ
破壊された団地
命がけで残されて住民に食料を配っていたラッパーだった男性
焚き火で料理する女性
ロシア軍の侵攻により、ハルキウの人々はガスと水がない中で生活していた。
長年連れ添った夫婦
ボランティアをしているカップル
ロシア軍が数キロ先まで差し迫る団地に残された市民
バンバンバババンという砲撃音が鳴り響く中で残された老人
感謝を込めたハグ
足が悪く逃げることができないおばあさん
爆撃音の鳴り響く団地に住む少女
爆撃音が鳴り響く団地に避難先から三日間だけ戻ってきた家族。
学校の地下に残された学生
学校の地下に残されたおばあさん
癌のおばあさん
ミサイルが降り注ぐ街
ハルキウで歌う少女
美しきハルキウ
若者たちは、ミサイルが降り注ぐハルキウで毎日世が老けるまで歌い続けていた
ナルトが大好きな女性
彼女たちは歌い続ける、愛する故郷を文化を守るために
暴力や恐怖にあがらうために
最高の笑顔
彼らがミサイルやロシア軍の恐怖に苛まれずに平和に暮らせる日々を願う
あの夏、どこまでも広がる青空の下、ブチャには子供たちが笑う声が響き渡っていた。
シャボン玉を楽しむ少女
キーウに落ちたミサイルを見守る市民
虐殺にあった市民を埋葬するブチャの神父
虐殺にあった市民の埋葬。普段ブチャの街でいっさい見かけない記者やジャーナリストが、ハエのように埋葬や死体を撮影しようと集まっていた。撮れ高がなくなると、彼らはすぐにいなくなった。わたしは、ブチャ取材で、ジャーナリストや記者に憤りを感じ、絶望した。わたしは、最後まで埋葬を見届け、名もなき死者たちに祈った。
ブチャの名もなき死者。身元不明の死体。彼らが、彼女たちにも、きっと帰りを待つ家族や友人がいるはずだ。わたしがブチャで出会った人たちのように、彼ら彼女たちも、生きていたのだ。だけれども、名もなき死体にされてしまった。わたしは、あなたたちが生きていたことを忘れない。あなたたちにも帰るべき場所や、待つ人たちがいることを絶対に忘れない。
ロシア兵に二人の息子との幸せな未来を奪われ、残された母。それでも彼女は、庭に花を植えていた。
拷問部屋でロシア兵に処刑された次男とロシア兵に撃たれて障害を負った長男
障害を負った息子がいつ家に帰ってきてもいいように鼻を世話する母
ロシア兵に3人の友人を処刑された男性。普段は陽気なはずのセルゲイは、「なぜロニャは死んだ?なぜなんだ?」そう、虚空に向かって問い続けていた。
娘と母を亡くした、死の通りの夫婦
息子が行方不明になった女性
息子が処刑された母
最愛の夫が射殺された女性
友人が射殺された女性
死の通りでブチャの虐殺を生き延びた4歳と2歳の少女
ブチャの死の通り、男性の家は爆撃で破壊された。「そんなカメラと、ペンでお前に何ができるんだ」、男性は、わたしにそう疑問を投げかけてきた。あのとき、わたしは何も答えることができなかった。今も、彼の問いにわたしは答えられないだろう。何もできないのかもしれない、それでも、わたしはあの夏のブチャを、わたしが出会った人たちの姿を、彼らの声を、伝えて行きたいと思う。
ロシア軍の侵攻により、瓦礫の山とかしたイルピン
家を破壊されたホストメルの家族
家を破壊されたイルピンのおばあさん
息子くらいの年代のロシア兵にレイプされた女性
家具店を爆撃で破壊されたオーナー
破壊された家具店を修理する授業員
占領下のイルピンでロシア兵と友達になった少年。知り合いの男性は処刑された
ブチャ中央広場の噴水が修理された日
満面の笑顔のブチャに住む少女
村をロシア兵に占領された人々
ロシア兵に撃たれて歩けなくなったリーザの父と失明したリーザの母。それでも、彼女たちは支え合い、笑い合っていた。彼らの生き様の、なんと強いことか。
ウクライナ独立記念日。戦利品の破壊されたロシアの戦車の展示
ウクライナ独立記念日。
ウクライナ独立記念日。戦車と市民
ブチャから逃れて難民と化した少女
ブチャから逃れて難民とかした親子
それでも、リーザは、彼女は笑って、子供たちと遊んでいた。障がいを負った両親を養うために、前へと、進むために。ブチャの悲劇を世界に忘れて欲しくないと、彼女は言っていた。
あの夏、いつもリーザはじけるような笑顔で笑っていた。リーザと遊ぶ子供たちも、心の底から楽しそうに、腹から声を出して笑っていた。リーザの笑顔はブチャの太陽だった。
イルピンの母の愛情
疎開させていた娘と再会したガリーナ
悲しみを背負い、前へと進むブチャの少女
夏の終わり、あの夏の最後にわたしが垣間見た”本当のブチャ”